犬舎の犬たちの紹介

ピース・アニマルズ・ホームには、預かり・入所の原因となった問題が解決しないまま、長く入所している動物たちがいます。

動物が預けられる原因としては、経済的事情、動物の問題行動、動物と預け主・家族との関係性などですが、そうした問題が重なっている場合、短期間での解決は難しく、動物たちはなかなか元の家庭に戻ることはできません。

入所が長期化するにつれて預け主の動物への関心や愛着が薄れ、ピース・アニマルズ・ホームに預けた動物たちと再び一緒に暮らそうという預け主のモチベーションが下がり、問題解決が遠のき、入所が長期化するケースが多くあります。

行き場がなく、このままでは殺処分の懸念があるという理由で動物をピース・アニマルズ・ホームに入所させたいという要請は多いのですが、預けた後は音信不通になったり、預けた動物の疾患の治療相談などへの相談を求めても拒まれたりと、実質的に預け主から動物が放置されてしまい、入所が長引く事例も残念ながら多くあります。

 

そうした動物たちについては預かりと並行して譲渡先を探すことになる場合もありますが、性格や習性に難しいところがあることも多く、譲渡先が決まらず、預け主のもとにも戻れず、不安定な状態で年月がすぎてゆくというケースが多いのが現状です。

犬舎にいるコロンさん(ゴールデン・レトリーバー。雄。10歳)、ピースさん(ミックス犬。雄。16歳)、大さん(ミックス犬。雄。6歳)も、そのように入所が長期化していたり、長期化すると見込まれる犬たちです。

こうした動物たちにとって重要になるのは、メンタル面でのケア、特に犬たちの場合に言えることですが、人からの親密な関わりをどのように築き、維持するかです。人の関わり方次第で、犬は鬱や心身症的な状態になりもすれば、たとえば重い病気になった時に、それに抵抗できる力を生み出すことができたりします。

人の関わりがいかに大事かということでまず思い出されるのは、入所していたミックス犬のカンタさんのことです。

食欲不振になったカンタさんを預かってほしいという依頼があり、様子を見に行きました。

 

人の気配が感じられないような敷地内の寂しい場所、雨が降れば雨曝しになるような場所に犬小屋があり、数日分のフードが盛られたフード皿は虫がわいたままで放置され、表情をまったく示さない犬が鎖につながれていて、それがカンタさんでした。

好き嫌い、恐怖や威嚇など、犬は感情を豊かに示す動物ですが、カンタさんの無表情さが強く印象に残る出会いでした。

 

カンタさんはもともと、飼い主の男性によく世話をされて暮らしていたようです。その男性が病気になり、闘病生活を経て亡くなった後は、男性の家族が彼の形見でもあるということでカンタさんの世話を継ぐことになりましたが、実際のところ、カンタさんは散歩にも連れてゆかれず、フードや水の世話もまともにしてもらえない、いわゆるネグレクト状態に置かれていました。

 

ピース・アニマルズ・ホームへの入所後は、カンタさんを毎日散歩に連れていき、こうした経験がある犬ということで留意しながら接しました。散歩の際のハンドラーが男性であったことで、そこにかつての飼い主を重ね合わせて楽しかった頃を思い出したのか、比較的早くカンタさんは犬らしい表情やしぐさを取り戻し、食欲も回復しました。おそらくそれが本来のカンタさんだったのでしょう。逆にいうと、たとえ身体的な虐待を加えられていなくても、それまで親密であった存在がいなくなり、以前のように構ってもらえなくなるだけで、犬は鬱的な症状や、食欲不振という心身症的な症状も示す繊細な動物なのでしょう。

 

預かり時に取り決めた期間が終了し、カンタさんを預け主に戻すことになりました。その後の預け主の対応がどのようになるか不安でしたが、不安は的中します。

しばらくしてから改めて再び預かりの依頼があり、訪問するとカンタさんは以前と同じ扱いを受けており、カンタさんの首には炎症が生じていて、炎症の起きている皮膚には虫がたかっていました。相変わらず数日分を山盛りにして放置されたフードへの虫のたかりかたは前よりも酷く、カンタさんは最初に訪れた時と同じように無表情な犬に戻っていました。

カンタさんの首にできていたのは悪性腫瘍で、それを動物病院で切除してもらい、術後のケアを含めてカンタさんのお世話をピース・アニマルズ・ホームで行いました。

闘病生活に入ったカンタさんはその後、再発した腫瘍を2度切除することになりますが、亡くなる日まで散歩に行くことを楽しみにし、最後の散歩をした後に亡くなりました。

ある集団の中で信頼できる存在と強い関係を結ぶことに喜びを覚える犬たちにとって、重いダメージとなるのは、信頼していた存在がいなくなることや、そうした存在から裏切られたり、自分のことを無視されたりすることです。カンタさんが感情や生存に必要な食欲さえ失っていたのも無理はありません。

 

カンタさんの場合、元の飼い主との方との楽しい日々があったことがおそらくよかったのだと思います。ピース・アニマルズ・ホームへの初回、二度目の入所後にカンタさんらしさを早く回復できたのも、カンタさんの中に、楽しかった頃の記憶や経験があったからで、それがその後の厳しい生活の支えになったように思います。

 

人間の場合もそうですが、重い病気にかかっていても、自分のことを配慮してくれる存在が身近にいたり、あるいは遠く離れていたとしても、気にかけてくれる存在がいることがわかったりすると、生きる気力のようなものが生じるというか、生活の質はあきらかに変わります。

疾患の種類、犬種、もともとの体力などの個体差などが関わることでもありますが、楽しみにしていることや、自分に親しくかかわってくれる存在がいることが、動物の気力や生命力を力づけるということは確かに言えます。

ラブラドール・レトリーバーのナナさんは晩年、全身に皮膚癌が生じ、炎症を起こした皮膚の症状がとても重い状態が続きました。ナナさん自身、とてもつらかったはずですが、楽しみにしている家族との面会時には、どこにそうした力があるのかと思わせるくらいに姿勢を整えて楽しそうに時間をすごし、亡くなる直前までしっかりとした表情を保っていました。

動物たちの入所・預かりが長期化することで、人との親密な関わりから疎遠になるのをどう防ぐかという課題があります。

カンタさんの例が示すように、特に犬は人との関わりが不可欠な動物です。

動物たちの本当の精神的な充足は、新しい家庭を見つけ、そこで家族となる人たちと生きることでしか得られないものでしょう。

だからといって、入所中の動物たちには、ただ新鮮なフードや水だけを与えていればそれでよいというわけではなく、入所までの様々な出来事で荒んだ動物たちが、そうしたトラウマから解放され、本来のよさを発揮できるようになるためにも、人がそれぞれの動物たちを思いながら動物たちに接することでのみ生じる温かみのようなものを動物たちが感じられるようにならねばならないと考えています。

入所している動物たちには普段のお世話のなかでも声かけをしながら、積極的に関わっていますが、スタッフやボランティアが限られている時は、多くの動物に対応する必要上、それぞれの動物に関われる時間は限られます。関わる人が限られる場合、動物たちとの相性の点で、どうしてもよい関係性を築けないこともあります。

それぞれの動物たちに、動物から信頼してもらえるパートナー的な人がいるような状況になればよいと考えていますが、中々実現は容易ではありません。

今のピース・アニマルズ・ホームでの犬を対象としたボランティア活動では、犬たちを散歩に次々と連れて行って頂くスタイルが主なものとなっています。それとあわせて、たとえば犬舎で大さんやピースさんに話しかけて時間を過ごしたり、コロンさんと遊んでもらったり、あるいは他の犬たちについても、簡単なブラッシングなどをしたりして犬たちとの関係を築くように、じっくりと犬たちに向かいあってもらう関わり方も大切であり、このような仕方で関わっていただけるボランティアの方たちも増えるとよいと考えています。

 

ピース・アニマルズ・ホームの現状では、施設の構造や、安全にこうした関わり方ができるようにするための人員配置の問題などから、ご希望の関わり方をして頂くには難しい場合や、日時などの時間調整をして頂く場合がありますが、こうした関わり方のボランティアをして頂ける方がおられましたら、お問い合わせいただければ対応できるように努めたいと思います。また、動物たちのためになる様々なアプローチがあると思いますが、そうしたものをご提案いただければ、今のピース・アニマルズ・ホームの体制で実現可能であれば、とりいれてゆきたいと思います。

皆さんのご協力をお願いします。